EN プロジェクト(2000)

* 「ON プロジェクト」、「IN プロジェクト」に続く3年目のワークショップを企画しました。実施からすでに20年が経とうとしていて、当時のデータは散在しているのですが(一部は読み取り不能・行き先不明)、ウェブのデータは断片的に発掘しました。下記の情報は、当時のものです。書式は多少修正しましたが、原文のままです。

ワークショップ型学習環境のデザインに関する研究 1998-2000
加藤文俊(龍谷大学)・長岡健(産能大学)
プロジェクトの主旨/ENプロジェクトの概要

* 以下の文章は、加藤文俊と長岡健が1998年の〈ONプロジェクト〉以降、学会発表等のためにまとめたものを再編集したものです(一部についてはすでに発表済みです)。「カット&ペースト」をくりかえしているため、統一感に欠ける部分もありますが、2000年度のプロジェクト終了後にきちんと整理する予定です。未完成のため、引用する場合はこのURLを明記してください。
(c) 1998-2000 Fumitoshi Kato & Takeru Nagaoka

あたらしい学習環境のデザインをめざして

知識は本や教員の頭の中に閉じこめられているわけではありません。〈現場〉での体験が知識となって身体に入り込むのです。また、学習の目標・方法・場は相互構成的です。あたらしい学習環境のデザインとは、学習の目標・方法・場のダイナミックな関係をデザインしていくことです。
1998年にスタートし、今年で3回目をむかえる「ものづくりワークショップ」は、ワークショップ型のあたらしい学習環境デザインについて考えるための試みです。
ここでは、参加した学生たちが「ものづくり」というコラボレーションをつうじて、以下のような“学び”に取り組むことになります。

  • 実践のスタイル:即興的コラボレーション
  • 表現のスタイル:自分自身との対話
  • 学習のスタイル:“マイセオリー”の構築と再構築

そのために、“オープン”な学習の〈場〉を構築してみます。

  • オープン・メンバー:多様な参加者の存在
  • オープン・ロール :参加者間のダイナミックな役割と関係性
  • オープン・スペース:開放型の学習スペース

そして、こうした学習の目標と学習の場を結びつけるものが「ワークショップ」という学習の方法です。“考えながらつくる・つくりながら考える” --- つまり、コンセプトづくりと実践(カタチにするといういとなみ)とが相互に浸透しあった流れがワークショップには見いだすことができます。

「プロセス」としての学習

従来の大学における“学び”は、教員から学生への「知識伝授」が生み出す「プロダクト(結果)」を重視し、「プロセス」をいわば副次的なものとしてきました。あたらしい“学び”は「プロセス」そのものを深く理解することを目指しています。そこで重要なことは、様々な場面において、自分が他者、道具、状況とどのように関わっているかという、活動の“スタイル”を理解することです。
今回のワークショップは、実践・表現・学習という3つの活動領域での“スタイル”を見つめ直す機会になります。

  • "Reflective Practice" という実践のスタイル:実践において必要とされるのは、脱文脈化された「専門知識」ではなく、自分自身が埋め込まれた状況に対し、いかに臨機応変に、即興的に振る舞えるかというスタイルです。
  • "Conversation with Self" という表現のスタイル:表現することによって、自己の内面について考えることになります。そこでは、結果としての作品に優劣をつけることにさほど意味はないでしょう。大切なのは「自分らしさ」を見いだせるかどうかなのです。
  • "Experiential Learning" という学習のスタイル:学習とは、他者や状況との関わりと意味を編み直す社会的・文化的な実践です。それは、自分自身のフレームワークを構築・再構築し続ける「プロセス」として理解されるものです。

このような活動領域における自分自身の“スタイル”を深く見つめ直すことで、「知識伝授」という学習の目標、「講義」という学習の方法、「教室」という学習の場によって特徴づけられる従来の大学の“学び”とは一体何だったのかが明らかになるでしょう。

オープンな学びの〈場〉

従来の「教室」は様々な意味で固定化した〈場〉だといえます。「教室」には、教員と学生以外のメンバーは存在しません。存在したと場合でも、それは部外者として扱われるか、教員か学生のどちらかとして振る舞うことが求められます。
そして、そこでは、わからないことがあればきっと教員が「教えて」くれるだろうと、学生は期待し、〈教員-学生〉という関係が固定化されます。

机や椅子が固定化されている「教室」は、「答え」を効率的に伝達するための環境です。コミュニケーションの「伝達」としての側面が際立つことになります。コミュニケーションの「プロセス」としての側面を深く理解するには、様々な意味でもっとオープンな〈場〉をデザインする必要があります。

今回のワークショップでは、3つの意味での“オープン”な〈場〉をデザインします。

  • オープン・メンバー:多様な参加者の存在 参加者としての学生、運営スタッフとしての学生、教員、さらに「ものづくり」のプロフェッショナルといった多様なメンバーがワークショップを構成します。
  • オープン・ロール:参加者間のダイナミックな役割 教員は「教える」ことを意識しません(できません)。そして、学生も教員に対して「答え」を求めることはしません(できません)。全参加者が「ものづくり」に必要な役割をその時々で即興的に演じていくからです。
  • オープン・スペース:開放型の学習スペースと関係性 ワークショップは、いつでも机や椅子を気ままに組み替えることができる空間で、自由自在に“考えながらつくる・つくりながら考える”ことに取り組みます。
“未熟なプロ”として学ぶ

ワークショップでは、“未熟なプロ”から“成熟したプロ”へ変わるために学んでいきます。たとえ技術的には未熟なレベルであっても、あくまでも“プロ”としてふるまわなければならないのです。学習をつうじて、“アマチュア”から“プロ”へと向かって行くわけではないからです。

したがって、ワークショップに求められる学習の〈場〉は、“プロになるために学ぶ〈場〉”ではなく、“プロとして学ぶ〈場〉”です。ワークショップを特定の技能を身につけるための〈場〉と考え、その〈場〉を経験しただけで、何か特別なことができるようになったと思い込むのは間違いでしょう。

ワークショップは“経験”の〈場〉であり、学習者が“成熟したプロ”になれるかどうかは、ワークショップを終えたあとの“3つの場”での振る舞いにかかっています。

  • “省察”の〈場〉としての「カフェからの帰り道」で何を想うか。
  • “概念化”の〈場〉としての「個人スタジオ」をどのように築くか。
  • “実践”の〈場〉としての「アトリエへ向かう道」で何を手にしているか。

ワークショップのあとには、「達成感」を味わうことができます。しかしながら、「達成感」は学びにとって大切なことを覆い隠してしまうかもしれません。これらの“3つの場”の用意されていないワークショップには「達成感」だけが残るでしょう。

〈EN プロジェクト〉のテーマ:「ドキュメンタリー・ビデオ」をつくる

「観察」という行為はけっして客観的ではありません。われわれが自分のフレームワークを通してしかモノを観ることができない以上、どんなに客観的に「観察」しようとしても、それは全て観察者の「心の偏り」を表すことになります。
 ここで、自分自身の「視点・視野・視座」に無自覚でいると、観察対象の多面性は見えてきません。逆に言えば、「視点・視野・視座」に自覚的になり、それらを意図的に変えることによって、今まで見えなかった側面に気づくことができるのです。

今回のワークショップでは、ドキュメンタリー・ビデオの制作という「ものづくり」に取り組みます。そこでの参加者には、従来気づかれていなかった観察対象の隠れた側面を見つけだすことが求められます。これまでのマスコミでの報道や世間の通説にとらわれることのない、ユニークな「視点・視野・視座」から観察することをめざします。

そして、その観察結果を参加者全員で「ひとつの作品」としてまとめ上げることに取り組みます。ここでは、「ものづくり」を自己満足で終わらせることなく、あくまでも、自分たちの「視点・視野・視座」を「世に問う」姿勢を貫くことを意識してみたいと思います。

ただし、今回のワークショップでは、静止画をスライドショーの形式でビデオ化することで「ドキュメンタリー・ビデオ」を制作します。ビデオ制作に関しては素人である参加者が「技術的専門性」の高い動画制作を行うことで、自分自身の「モノの見方」よりも「技術的専門性」を強く意識してしまう恐れがあるからです。そこで、通常慣れ親しんでいる「ドキュメンタリー・ビデオ」と技術的完成度の面で比較できないタイプの作品を制作します。静止画のスライドショーによる「ドキュメンタリー・ビデオ」を制作することで、参加者は技術的完成度よりも、自分自身の独自の「モノの見方」を意識した作品制作に取り組むことが可能になると考えられます。

モチーフ:「小学校という“園(その)”」

今回のワークショップでは、小学校という〈場〉における生徒(小学生)の振る舞いをドキュメンタリーとして描きます。
通常、小学生は「子供」として見られています。ここで、「子供」とは“未完成な大人”であり、すべての子供は“大人としての完成した行動”への成長していく過程にある不完全なものを見なされています。

それに対して、われわれは、小学生の振る舞いを“小学生としての完成した行動”と見なすことを出発点にします。“未完成な大人”としてではなく、小学生という“大人”とは異なる人格を認め、彼らが日々暮らしている“今、ここの現実”を見つめ直してみます。

「学びの園」という言い方には、“大人としての完成した行動”を身につける〈場〉という見方が強く現れています。小学生という“大人”とは異なる人格を認めた時、小学校は、どのような〈場〉=“園”としての姿を見せるのでしょうか…。

参加者の役割とタスク

ワークショップにおける参加者の役割とタスクの設定方法については、ゲーミング的要素(特に、ロールプレイング的要素)を含んだデザインにします。

観察結果を「作品」として仕上げる際、参加者をビデオ班・パッケージ班・パンフレット班の3グループに分け、それぞれのグループは違った役割を担当します(さらに、学生スタッフが「ドキュメント班」として、参加者の活動の様子を記録し、後日「ものづくりワークショップ」のメイキング・ビデオと雑誌を制作します)。
ただし、これらの3グループは全く別々の活動をするのではなく、全員のディスカッションにより決定した「ドキュメンタリー・ビデオ」制作のコンセプトにもとづき、それぞれのチームが異なる制作活動(ビデオ、ビデオケースのデザイン、ビデオに付属するパンフレット)をすすめながら、全体でひとつの作品を制作することを目指します。

つまり、ビデオ班・パッケージ班・パンフレット班という異なる役割と責任を担い、それぞれの“プロフェッショナル”が、ひとつのコンセプトにもとづく「作品づくり」を遂行するゲーミング(ロールプレイング)として、このワークショップをデザインします。

〈場〉の構成:「アトリエ」「ギャラリー」「カフェ」

ワークショップの目的は「ドキュメンタリービデオ」の制作ではないのです。「ドキュメンタリービデオ」制作という「ものづくり」の実体験を通じて、従来の学習のあり方や学習環境について再検討するワークショップなのです。したがって、「ものづくり」と「振り返り」のフェーズの違いが、参加者にとって明確に意識できるような学習の〈場〉が必要となります。

しかしながら、ここで「従来の学習のあり方や学習環境についての再検討」という側面を強調しすぎると、参加者は「ものづくり」のフェーズが単に「振り返り」の準備作業にすぎないと認識してしまう恐れがあります。
あくまでも〈現場〉でのリアリティをともなった経験をもとに行うことで初めて「振り返り」は実りあるものとなります。そのためには、「振り返り」の重要性がしっかりと理解されるとともに、「ものづくり」というフェーズそれ自体の重要性も理解されるような仕組みづくりが必要です。

今回のワークショップでは、「ものづくり」、「振り返り」というフェーズに加え、「ものづくり」の成果を「発表」するフェーズを設定し、それらを「アトリエ」「ギャラリー」「カフェ」というメタファーで表現します。

  • アトリエ:アトリエは、ものをつくり出す工房です。ものづくりには、自由気ままに、そして自分の信じるがままに集中して作品を創作する〈場〉が必要です。
  • ギャラリー:ギャラリーは、アトリエでの活動の成果(作品)を発表する〈場〉です。アトリエでつくられた作品は、世に問い、評価を受けてこそ意味があります。
  • カフェ:カフェは、「制作」という自分たちの「学び」についての「ふりかえり」の〈場〉です。ものづくりには、自らの活動を振り返ることが重要です。

フォローアップ活動参加者にとって、ワークショップというかたちでの“学び”を経験したことが、次の“学び”に結びつき、さらにそこでの「気づき」がまた次の“学び”の道筋を形作っていくことになります。
このように学び続ける主体としての学習者には、ワークショップ終了後にも継続的な活動の〈場〉が必要となります。今回のワークショップでは、以下の3つの活動を行っていく予定です。

  • 「ものづくりワークショップ」のメイキングビデオの制作
  • 「ものづくりワークショップ」を紹介するための冊子の制作
  • また、今回のようなワークショップの場合、参加者は「ものづくり」を終えたという達成感で満足しがちなため、本来の学習目的に対する意識が薄れがちになります。従って、自らが埋め込まれていた状況について、参加者自身が深く考察する機会を、期間をおいて再度実施します。