高井戸で会いました

ぼくたちのプロジェクトにとって大事なのは、“即興(インプロヴィゼーション)”という感覚である。人との関係のなかでじぶんを位置づけ、「その場」にふさわしい振る舞いをする。それが“プロ”の資質として重要なのではないだろうか。自己主張をしながら協調する。これは、そう簡単なことではない。だが、それを学べる環境づくりについては少しずつ見えてきたように思う。

きょうのセッションをつうじて、プロジェクトでの人間関係のあり方についてあらためて考えてみた。ぼくたちは、「作品」が完成したら解散する。つまり、ぼくたちは別れることを前提に出会ったのである。“プロ”は、いずれ来る別れを哀しんだりはしないのだろうか。

(かわら版, 第1号)

高井戸で会いましょう

きのう、出張先でかわら版の原稿依頼のメールを読んだ。一緒に仕事をしていた長岡先生にその話をすると、「メールが来ない」と少し怒り、少しひがんだ表情になった。口頭では依頼されていたらしいが、彼としては「正式」な原稿依頼が欲しかったのだろう。というより、ぼくにメールが届いて彼には届かないというのが気に入らなかったのかもしれない。こんなことで、ぼくと長岡先生と編集長との関係が気まずくならなければいいのだが。

かわら版の編集長は長岡ゼミの学生なのだから、口頭で頼まれればそれでいいのに…とぼくは思った。「信頼関係なのでは…」とぼくは問い、「甘えだ!」と長岡先生は言った。こんな他愛のないやりとりで、ぼくと長岡先生はすでにONプロジェクトのことで頭がいっぱいだということに気づいた。出張というからには、そこでやるべき仕事があったのだが、ぼくたちの魂はもう高井戸に行ってしまったようだ。そろそろ荷造りをはじめます。