第1章:はじめに

* 以下は、2001年8月に書いた文章の一部です:1998年〜2000年にかけて実施したワークショップをまとめて書籍化する企画の一環で書いた「はじめに」の冒頭部分)

きっかけ

きっかけは一本の電話だった。われわれは、1998年6月、「情報教育問題フォーラム」(私立大学情報教育協会)の会場にいた。長岡は「21世紀の学習環境デザイン」というセッションに参加し、加藤はフォーラムの運営委員として、別のセッションで司会をしていた。そしてその晩、われわれは電話で話をした。「21世紀の学習環境デザイン」というセッションが、かなり刺激的だったらしく、その話をしながら「とにかく、何かやりましょう」と、具体的なプランはほとんどないまま、「何か」をすることを決めてしまった。電話をかけた長岡は、すでにその晩、「何か」を手伝ってくれそうな知人にも連絡を取っていた。

その後話をすすめていくうちに、これまでそれぞれが考えてきたこと、あるいは一緒に仕事として関わったプロジェクトのことなどが、徐々に結びついて、整理されていった。われわれは、過去数年間にわたり、大学における授業や演習(ゼミ)、民間企業・地方自治体の研修プログラム等において学習の〈場〉のあり方に着目してきた。それぞれの専攻分野はことなるが、共同作業(コラボレーション)やプロジェクト型活動、創造的チームワークなどに関する議論をふまえ、組織(人材育成)や人間関係、コミュニケーションなどの問題に関心を抱いていた。また、こうした問題を、観察や記述を中心に、もっぱら定性的に理解するというエスノグラフィックなアプローチを志向するという点では、お互いに共有することがらが少なくなかった。

近年、研修プログラム等に関わる際、「学び」や「学びの共同体」といったことばを頻繁に耳にするようになった。「ワークショップ」という手法も、さまざまな分野で採り上げられている。これらは、非常に魅力的な響きをもつことばであったが、使われる文脈や意味合いがまちまちだという印象もあり、こうしたことば自体についても考えてみることにした。そして、大学生を対象とした「ものづくり」のプロジェクトを実施することになった。一九九八年に、「とにかく」試しにおこなったプロジェクト(ONプロジェクト)でさまざまなことを考え、これを契機にさらに2年間、同様のプロジェクトを実施した。「ものづくり」そのものは数日間であるが、事前の企画・デザインの段階や、事後のふりかえりをもふくめて、ここ数年間は、一連の継続的なプロセスのなかで、学習の〈場〉について考える機会に恵まれた。

この本は、一本の電話ではじまったプロジェクトの記録が中心となっている。われわれは、学習環境の「デザイン」の問題に関心を抱いているが、プロジェクトの主たる目的は、従来型の学習方法をめぐる諸問題に対する処方箋的な意味での「デザイン」を提示することではない。あたらしい「学び」のあり方を提案することを目指してはいるが、まずは、「ワークショップ」ということばを主軸に学習環境におけるコミュニケーション過程やメディアの活用について観察・記述をおこない、その中からわれわれの「学び」の特質について、あたらしい理解の創造を試みたい。「ワークショップ」というコンセプトについては後述するが、参加者にとって「学習プログラム」である「ものづくり」は、われわれにとってはひとつの「研究方法論」なのである。以下で紹介する事例は、ひとつの「デザイン」として、さまざまな場面で適用できるはずである。しかしながら、ワークショップを「研究方法論」と位置づけた際、われわれの「学習観」をあらためて問い直す機会が生まれることがより重要な意味を持つ。この本は、われわれが、「学び」について「学ぶ」過程の記録でもある。

はじまり

小学校の教員は、生徒が思うように学習していないとすぐに自分自身の振る舞いを反省するという。自分の教え方に問題はなかったか、生徒への配慮はじゅうぶんだったか…。いっぽう大学の教員は、すぐに学生のせいにする。だが、学生が授業をサボるのも、授業中におしゃべりするのも、じつはサービスの質が低いからなのだ。面白くて意味のある「もの・こと」について真面目に考えなくてはならない。

ぼくたちのプロジェクトは、“プロ”としてのサービスを問うことから始まった。教員は、そろそろ教壇を壊したほうがいい。学生も、固定されたイスや机を動かして、学ぶことが楽しくなるような場について考えるべきだ。とりあえず、スイッチはONになった。

(転音電音, p. 6)